覚せい剤の輸入事件で裁判員裁判となった事件について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所が解説します。
◇覚せい剤の輸入事件◇
滋賀県大津市に住んでいるAさんは、以前から覚せい剤などの違法薬物に興味を持っていました。
Aさんが覚せい剤について調べたところ、SNSで知り合った海外に住むXさんが、海外から覚せい剤を送ってくれると声をかけてきました。
Aさんはその誘いに乗り、Xさんから滋賀県大津市にあるAさんの自宅宛に、覚せい剤を送ってもらうことにしました。
しかし、いくら経っても覚せい剤が届かないことからおかしいと思っていたAさんの元に、滋賀県大津警察署の警察官がやってきて、Aさんは覚せい剤取締法違反と関税法違反の容疑で逮捕されてしまいました。
Aさんが送ってもらった覚せい剤は、税関で止められ、検査の結果覚せい剤であると判明したことから捜査が開始されたということのようです。
(※この事例はフィクションです。)
◇覚せい剤輸入と関税法違反◇
前回の記事では、覚せい剤輸入による覚せい剤取締法違反について触れていきましたが、覚せい剤輸入事件では、覚せい剤取締法違反だけでなくもう1つ別の犯罪が成立する可能性のあることにも注意が必要です。
それが関税法違反という犯罪です。
関税法第69条の11
1項 次に掲げる貨物は、輸入してはならない。
1号 麻薬及び向精神薬、大麻、あへん及びけしがら並びに覚醒剤(覚せい剤取締法にいう覚せい剤原料を含む。)並びにあへん吸煙具。ただし、政府が輸入するもの及び他の法令の規定により輸入することができることとされている者が当該他の法令の定めるところにより輸入するものを除く。
第109条 第69条の11第1項第1号から第6号まで(輸入してはならない貨物)に掲げる貨物を輸入した者は、10年以下の懲役若しくは3,000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
関税法69条の11の1項1号にあるように、覚せい剤は輸入してはならない輸入禁制品とされています。
この輸入禁制品を輸入すると、関税法違反という犯罪が成立することになります。
関税法109条にあるように、覚せい剤輸入による関税法違反は10年以下の懲役若しくは3,000万円以下の罰金、もしくはこれらを併科されます。
関税法は、普段なかなか目にすることのない法律であるとともに、覚せい剤取締法のように法律名と覚せい剤が簡単に結びつくものではないため、覚せい剤輸入事件で関税法違反が成立するということを知らなかったという方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、覚せい剤輸入による覚せい剤取締法違反の刑罰も非常に重いものでしたが、関税法違反の刑罰も非常に重いものであることがお分かりいただけたと思います。
◇覚せい剤取締法違反と関税法違反◇
では、覚せい剤輸入によって覚せい剤取締法違反と関税法違反が成立するとして、有罪となった場合の刑罰はどのようにして決められるのでしょうか。
複数の犯罪が成立する場合、単純に成立する犯罪に定められている刑罰をそのまま足せばよいというわけではなく、成立した犯罪それぞれの関係性によって、その処理のされ方が異なります。
今回の覚せい剤輸入事件のような場合、覚せい剤取締法違反にあたる行為と関税法違反にあたる行為は、どちらも同じ1つの覚せい剤輸入行為です。
このように、1個の行為が2個以上の犯罪に触れるような場合には、「観念的競合」という考え方で処理されます。
観念的競合では、複数の犯罪のうち最も重い刑罰の範囲で処罰されます。
覚せい剤の輸入による覚せい剤取締法違反と関税法違反の場合を考えてみましょう。
前回の記事で触れた通り、覚せい剤輸入による覚せい剤取締法違反の場合、その目的によって、「1年以上の有期懲役」(営利目的以外)か「無期または3年以上の懲役、情状によって1,000万円以下の罰金の併科」(営利目的)となります。
そして、覚せい剤輸入による関税法違反は、先ほど掲載した通り、「10年以下の懲役若しくは3,000万円以下の罰金、情状によってこれらを併科」という刑罰が定められています。
観念的競合の考え方を用いれば、営利目的以外の覚せい剤輸入の場合には「1年以上の有期懲役」、営利目的の覚せい剤輸入の場合には「10年以下の懲役若しくは3,000万円以下の罰金、情状によってこれらを併科」という範囲内で処罰されるということになります。